不倫は文化でも許された文化であった時代はない


不倫は文化だ、という発言があったように現代の男女では多くの人たちは不義密通を行っています。
これだけ不倫をしている人、浮気をしている人が多いんだからいっそのことこれは文化だと主張している人もいるのですね。
実際、不倫や浮気という姦通、密通はここ最近始まったことではなく日本の歴史を振り返っても、千年単位での過去から行われていたことですから。

文化なら許されるべきなのか

不倫が過去からあるものであり、文化であるのならば許される物なのか?してもいいものなのか?ここにまず大きな誤解があります。
確かに、不倫というのは日本ではなく世界的に古くからおこなわれてきた物であり、人間の性的快楽でも三大快楽に数えられる寝取りはまさにこれに適しますね。
だから、一種文化と言っても差支えがない物ではあるかもしれません。
しかし、文化と言えばそれは正当化されるのかというとそれは話が違うわけです。

罰則もまた文化

過去を振り返ってみても、少なくとも不倫や浮気が許されていたような社会などないのです。
それこそ、今のように法的な整備が行われていないような戦国時代やら人殺しが当たり前に起きていた時代ですら、蜜懐法という法律で罰せられていたのです。
さらには、明治には姦通罪という親告罪でこそありますが、犯罪として扱われる物として数えられていたのです。
つまり、不倫は文化かもしれないがだからと言って、やってもいいものではないという事なのです。

文化なのはあくまでフィクション

不倫という密通や姦通に値する事が文化として数えられるのは、あくまで現代においても過去においても、それは創作のフィクションの中で行われる物だからです。
第三者目線で、シチュエーションとして楽しむからこそ楽しい文化なのです。
そこに傷つく人間がいないからこそ、刺激的な文化として成り立っているわけですね。
それこそ、文化だから実際にやっちゃう人というのは、世間でいうフィクションと現実を混同してしまうような人と同レベルなのです。